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聴神経腫瘍とは

聴神経腫瘍とは

  この腫瘍は聴神経から発生する良性の腫瘍(神経鞘腫)で、小脳橋角部という部分に発生するものです。聴神経には聴覚に関係する神経(蝸牛神経)と平衡感覚に関する神経(前庭神経)があり、前庭神経から発生するものが多いとされています。小脳橋角部に腫瘍ができた場合には、難聴、耳鳴り、めまい、顔面の麻痺・感覚障害、えん下困難などの脳神経症状から腫瘍が発見されることがあります。さらに大きくなると周囲の脳組織を圧迫して様々な影響を及ぼします。

小脳橋角部とは

  後頭部の下半分(後頭蓋)は小脳脳幹という部分で構成されています。小脳は人間のバランス感覚などを制御しており、脳幹は呼吸中枢など生命維持装置として働いています。この小脳と脳幹から形成される部分を小脳橋角部といいます。この部分は脳幹から枝分かれする重要な脳神経が通っている上に、腫瘍が発生しやすい部位の1つとされています。


術前

術後

治療方法

  聴神経腫瘍はゆっくりと大きくなる良性腫瘍で一刻を争って治療しなければならないと言うわけではありません。ではなぜ手術が必要なのか、もしくは手術が必要な症例が存在するのか?以下にその理由を挙げてみます。

①腫瘍の正確な病理組織が得られますので、良性か悪性かの判断が可能です。
②良性の腫瘍では全ての腫瘍を摘出することにより治癒が期待されます。
③たとえ全ての腫瘍を摘出することができなくても、腫瘍の周辺組織への圧迫を軽減することにより症状の軽快が期待できます。


実際の手術(開頭腫瘍摘出手術)について

<具体的な方法>

  • 全身麻酔下に病変側の耳の後ろを中止に皮膚を切開します。
  • 皮膚の下には複数の筋肉(後頭筋)が存在するので、これらを丁寧に処置し、頭蓋骨(後頭骨)に到達します。
  • 骨と脳の間には硬膜という硬い膜があるので、これを切開します。
  • 顕微鏡下に小脳橋角部にアプローチし、腫瘍に到達します。
  • 顔面神経刺激装置を用い、近くを走行している顔面神経の位置を確認しながら腫瘍の縮小化を図ります(内減圧)。
  • 内耳道を一部開放し、腫瘍の発生母地である前庭神経を処理します。
  • 顔面神経、蝸牛神経をできる限り温存しつつ、腫瘍を摘出します。
  • 硬膜を縫合し、頭蓋骨をチタン製のプレートでネジ固定します。
  • 筋層ごとに閉じ、皮下にドレーンを留置し、皮膚を閉じて手術を終了します。

    ※腫瘍の大きさや癒着の程度等、状況によっては、全摘出できないことや、意図的に顔面神経に癒着した腫瘍を一部残存させることもあります。


開頭による小脳橋角部腫瘍摘出術の合併症について

①術後顔面神経麻痺および聴力障害

 開頭手術による小脳橋角部腫瘍摘出術(特に聴神経腫瘍摘出術)の合併症の中で最も生じる可能性の高いものは顔面神経麻痺と聴力障害です。その理由は、腫瘍のすぐ近接に顔面神経・蝸牛神経が走行しているからです。顕微鏡を使用したマイクロ手術や神経モニタリングの進歩により腫瘍を摘出し、かつ顔面神経を温存出来るようになり、最近では顔面神経麻痺も一過性ですむ可能性が高くなりました。しかし、腫瘍の大きさや手術中の顔面神経への手術侵襲の程度にもよりますが、顔面神経の機能回復まで数カ月から1年を要する場合があります。さらに顔面神経の機能が全く回復しないケースもあります。重度の顔面神経麻痺を来した場合、目を閉じることが出来なくなることで眼球の角膜潰瘍を生じ、失明する危険性もあります。また腫瘍摘出の際、顔面神経が非常に薄く引き延ばされていることがあり、腫瘍と区別が付かないことがあります。このようなときは顔面神経などを切断してしまうことがあります。このような場合、腫瘍摘出術の数週から数ヶ月後に顔面神経と舌下神経あるいは副神経との神経吻合術を行い、顔面神経の機能回復を期待することがあります(その際はあらためて説明いたします)。
 また蝸牛神経の損傷により聴力障害の出現、悪化する可能性もあり、仮に聴力が手術前に正常に近い状態であっても、腫瘍摘出術によってほぼ聴力が消失してしまう可能性もあります。


②脳神経障害

 これまで顔面神経、聴神経の障害の可能性について述べました。聴神経腫瘍ではその他の三叉神経、外転神経、舌咽神経、迷走神経などの重要な機能を果たしている脳神経が近くを走っておりこれらの神経が手術により損傷を受ける可能性があります。そうなれば顔面の知覚障害、眼球運動障害と複視、えん下障害、呼吸困難などを生じる可能性があります。こうした障害を生じても多くの場合は一過性で時間の経過とともに改善する可能性が高いのですが場合により永久的な障害となる可能性もあります。


③髄液漏

 腫瘍を摘出するためには耳の後ろの骨を中心に開頭します。また、腫瘍摘出に際し内耳道を広げるため側頭骨を削る必要があります。このとき側頭骨の空洞部分に穴が開くと、頭蓋内~外に交通が生じ髄液耳漏、髄液鼻漏を生じることがあります。髄液漏が少量で自然に閉鎖されれば問題はありませんが、閉鎖されずに感染を起こすと髄膜炎の原因となります。その際は穴をふさぎ、髄液漏を修復する手術をしなければならないことがあります。


その他の治療法について

■ガンマナイフ(特殊な放射線治療装置)による治療

 腫瘍に対し放射線を集中的に浴びせその腫瘍細胞を破壊してしまうガンマナイフによる治療が始められ、現在では健康保険の適応も受けています。現在我々の施設ではガンマナイフによる治療は行っていませんが、ガンマナイフ治療が適切であると判断したり、特にガンマナイフを希望される患者さんにはガンマナイフ治療が可能な施設に紹介しています。

※ただしガンマナイフ治療には次の問題点があります。

 ガンマナイフは放射線治療です。従来の放射線治療法との違いはコンピューターで計算し腫瘍部分に高い放射線量が当たるように工夫されたところです。こうした放射線被曝の面より腫瘍の大きさが3cm以下でないとガンマナイフ治療の効果は低くなると言われています。また3cm以下であってもガンマナイフにより正常の脳に対してもある程度の放射線を受けることになります。特に腫瘍の近くではかなりの量の放射線被曝する場合もあると考えられます。放射線の影響はかなり長期間・数十年以上にわたり残り、放射線の副作用(顔面神経、過牛神経、脳幹、小脳の変性・機能障害)が出現、進行しうる可能性が最近指摘されています。とくに患者さんの年齢が若い場合、注意を要すると考えられます。

 また、腫瘍の種類によっては効果のほとんどないものもあり治療方針が異なってくる場合があります。従って腫瘍の場合摘出標本の病理学的検討が望ましいと考えられます。ガンマナイフ治療では腫瘍を摘出しないため腫瘍の病理学的検査が施行できず最終的な病理学的診断ができません。

腫瘍の再発の可能性について

 腫瘍を肉眼的に全部摘出できたとしても再発する可能性があるといわれています。やむを得ず腫瘍を残さなければならなかった場合では再増大する危険性があります。

悪性である可能性、他の腫瘍である可能性について

 聴神経腫瘍は一般に良性の腫瘍ですが、その数%に悪性のものがあるといわれています。また最初は良性であっても後に悪性化する場合もあります。そのほか、手術前の検査の結果聴神経腫瘍であると考えられても実際に腫瘍を摘出して病理検査の結果他の種類の腫瘍である可能性もあります。これらについては手術後に摘出した腫瘍を病理検査して結果を後日お知らせします。